『ビューティフル・デイ』レビュー ~原題が意味する悲しさと邦題の持つ救い~

◆基本情報                         

・原題『YOU WERE NEVER REALLY HERE

・制作国 イギリス、アメリカ、フランス 

・2018年6月 日本公開

・監督 リン・ラムジー   脚本 リン・ラムジー

・出演 ホアキン・フェニックス、 エカテリーナ・サムソノス、 ジュディアス・ロバーツ、 ダンテ・ペレイラ・オルソン、 アレックス・マネット

 

◆あらすじ

退役軍人のジョー(ホアキン・フェニックス)は、暗殺や人探しなどの汚れ仕事をしながら日々の生活を送っていた。ジョーはある日、州の上院議員の娘ニーナ(エカテリーナ・サムソノス)を探す仕事を引き受ける。彼女を助け出したのも束の間、襲撃されニーナを再び連れ去られてしまう。

 

◆レビュー

映画という媒体がもつ懐の広さは、作品の表現の幅をどこまでも広げることが出来る。

例えば小説という媒体では文章、文字を通じて物語を構築します。豊富な語彙や、その言葉の組み合わせなど、出来事をどう言語化するのかを論理的に楽しめるのが一つの醍醐味です。

対して映画という媒体は、映像を通じて視覚的に伝える手法が精髄であり、非常に感覚的な表現とも言えます。映画の原則として、なんでも台詞で伝えてしまうのはあまり上手ではありません。いかに映像的に伝えることが出来るのかが一つの要点になります。

その意味で『ビューティフル・デイ』は映像表現の極地です。進行するストーリーの随所に挟まれるイメージショットが、観客の感性をこれでもかと揺さぶります。

監督、脚本を務めるのは鬼才リン・ラムジー。“鬼才”という冠は良い得て妙で、彼女のスタイリッシュで前衛的な作風は誰でも真似できるものではありません。この手の映画は、一歩間違えれば意味不明になってしまいますが、そこを巧みにコントロールし、作品を作り上げる手腕に感服しました。

 

〈映像と音楽の融合〉

特筆すべきはリン・ラムジー監督のエッジの効いた表現手法。前述しましたが、映像的な表現を最大限活用しています。しかも、これらの表現にはそれぞれ目的があり、効果的に使われていることが驚異的です。

特に多用されるフラッシュバックには、主人公ジョーが過去のトラウマから逃れられない状況を表しています。物語の途中で映像が唐突に現れるのは、強烈すぎるトラウマをジョー自身も制御できないでいることを示しています。

映像的な表現でいえば、ジョーがニーナを救い出す際の演出に引き込まれました。画面に映されるのは白黒でノイズ混じりの防犯カメラの映像です。ホラーチックな味を出していて、ジョーがさながら映画に出てくる殺人鬼(実際人殺しを生業にしてはいるが)であることを印象的に映し出します。この辺の演出の引き出しの多さにも舌を巻きました。

映像だけではなく、音楽との連携も秀でています。

担当するのは、レディオヘッドジョニー・グリーンウッドで、彼の醸し出す音楽が本作を彩る重要なピースのひとつになっています。残忍な所業を繰り返すジョーの後ろでは、似つかわしくもない優美な音楽が流れ、このギャップが興趣です。同時に、どこか子供の頃を思い出す懐旧の思いも掻き立てられ、ジョーのトラウマを語る上で重要な役割を果たします。

本作は所謂アート系作品に分類され、分かりづらい部分も多々あります。以前レビューした『雨の日は会えない、晴れた日はきみを想う』と同じ系統です。

movielocallove.hatenablog.com 『雨の日は~』がある程度言語的に隠喩を匂わせていたのに対し、本作は極限まで台詞を排除し、解釈の大部分を映像と音楽に委ねているのが最大の特徴と言えます。

 

〈肉体性の放つ実在感〉

主演のホアキン・フェニックスの肉体が印象に残った人も多かったと思います。体躯について良いのが作り込み過ぎていない所で、膨れ上がる筋肉の上に脂肪を纏わせ、肉欲的な魅力を持ちます。また体の至る所にある傷痕は、戦争によるものだけではなく、子供の頃の虐待によってつけられたことも暗示しています。

容赦なく見せられる暴力に伴って、ドロッとした返り血が飛び散るグロテスクな描写も徹底されています。

もう一人の主要人物ニーナが血塗られた手で直接食べ物を掴み、口に運ぶシーンではエグさだけではく耽美な儚さも演出されています。このシーンは、殺人によってニーナのイノセンスが喪失したことを意味します。ニーナは穢れてしまった自分への戒めとして、卑劣な男の血を体に取り込むことで同一化を図ろうと考えたのです。

血肉の描写にこれだけ力を入れているのは、ジョーとニーナの感じている精神的な痛みを視覚として観客にダイレクトに伝える目的からです。

 

〈トラウマに追われて〉

本作はアクション映画の体裁である反面で、実際の中身はヒューマン映画です。これはジョーとニーナのトラウマを巡る物語。

ジョーというキャラクターは、母親との強い依存的な関係にあります。共に暮らしている描写や一緒に歌を歌う姿、他にも劇中で母親がテレビで鑑賞しているヒッチコックの『サイコ』という映画からも読み取れます。『サイコ』では、母親への執着心から異常な行動にでてしまう男の話であり、本作の二人の関係を暗示します。

そして、この異様な執着心の根源は、幾度となくフラッシュバックによって見せつけられる、幼少期の父親からの虐待にあります。「猫背になるな、背筋を伸ばせ」というのは、過去に父親から強要されていたときの言葉。また、母親が机の下に隠れているシーンが挟まれていることも家庭内暴力のあった証拠です。

ジョーの人生において、虐待の記憶こそ絶対的に逃れられないトラウマです。どれほど強烈かを計るためには、フラッシュバックの比重が指標として機能しています。

ジョーは設定上戦争を経験しており、その当時のフラッシュバックも何度か出てきます。本来ならば人の生死が絡む戦争体験が最も心に傷を残すはず。しかしフラッシュバックの比重として、戦争の時の記憶より、虐待の時の記憶の方が多く配分されています。つまり、幼少期の虐待の方が、戦争のという非人間的で過酷な経験よりも人の心を深い傷を残すのだと。それだけ子供の頃のトラウマは、人生を狂わせるものだというメッセージが読み取れます。

ニーナについても親から見捨てられ、性的虐待を受けるに至りました。あるワンシーンで、ニーナがベットにいて、父親のアルバート上院議員と黒幕であるウィリアム州知事が不遜な表情で眺めています。ここから、父親に売られてニーナがウィリアム知事の元にいったことが読み取れます。

ちなみに、アルバート上院議員がニーナの捜索の依頼を申し出たのは、娘への懺悔の気持ちが残っていたからだと考えられます。

ジョーがウィリアムの遺体を発見した時「俺は弱い。守れなかった」と嘆くのは、自分と同じ境遇に置かれたニーナを救えなかったから。ひいては、ニーナを救うことで子供の頃の自分も救いたかったのでしょう。

 

本作で印象的なのは、たびたび挿入される「ジョーがビニール袋を頭から被る」シーンと「ニーナが数をカウントダウンする」シーンです。これらは、二人が耐え難いトラウマに直面したときの対抗手段になっています。

ビニール袋を被るという行為には、外部の過酷極まる世界から物理的に断絶することで身を守る意味が含まれています。同じ理由から、母親の死後ビニール袋に遺体を包んで湖に沈めます。ここでもビニール袋で包むのは、母親が辛い現世から解放され安らかに眠るようにとの思いがあるからです。

ニーナのカウントダウンする行為には、「早くこの辛い現実が終わってほしい」という願望が込められています。

二人はどこまで行っても幼少期のトラウマから一生逃れられないのです。

 

〈原題、邦題の持つ意味〉

本作では、これでもかと辛すぎる現実を突き付けられますが、二人の行く末はどうなったのでしょう?その答えはタイトルに隠されていました。

全ての争いが終わり、カフェで朝食をとる二人。ジョーが語り掛けます。「行こう」それに対してニーナが「どこへ行くの?」答えるジョー「俺にもわからない」。

二人は過去のトラウマに心を縛られており、それはどこに逃げても付きまといます。

原題の『YOU WERE NEVER REALLY HERE(あなたは本当はここにはいない)』には、今生きている現実ではなく、子供の頃の虐待されていた記憶の中を生きている。という、悲しい意味が込められています。

ラストシーンの妄想でジョーが頭を打ちぬいたのは、死ぬことでしかトラウマから解放される手段がなかったから。それでも自殺を実行に移さなかったのは、ニーナが傍にいたからです。

邦題の『ビューティフル・デイ』は、ニーナの「今日はいい天気ね」という台詞からです。残酷で絶望するしかない世界の中で、僅かばかりでも癒される日がある。そして、そう言ってくれる大切な人が隣にいることが最大の救いになるという意味です。

本作は、心の傷を抱えた者の姿をリアルに描き切っています。そして、この物語を先端的でアーティスティックな表現で語り掛けてくるのは、人の心理の奥底にある秘め事を理解させるよう、観客の感覚を促す目的があるからです。そういった意味でも見応えのある傑作だったと思います。

 

◆余談

この作品は映像的な表現が際立っていますが、原作は小説です。原作未読なので、どうやってこの話を文章で表現したのか気になります。

ちなみに、今回のレビューで映像的な表現の部分を高く評価しましたが、文章のみで表現する小説も大好物。活字を読んでいて引き込まれるときって快感で、文字が頭の中に流れこむようで癖になります。