『スウィート17モンスター』レビュー ~“痛さ”の先にある自立の物語~

 ◆基本情報                         

・原題『THE EDGE OF SEVENTEEN

・2017年4月 日本公開

・監督 ケリー・フレモン・クレイグ 脚本 ケリー・フレモン・クレイグ

・出演 ヘンリー・スタインフェルド、 ヘンリー・ルー・リチャードソン、 ブレイク・ジェナー、 キーラ・セジウィック、 ヘイゼン・セット―

 

◆あらすじ

17歳のネイディーン(ヘンリー・スタインフェルド)は、幼い頃から出来の良い兄ダリアン(ブレイク・ジェナー)と比べられ、その劣等感から、エキセントリックな行動をとるようになる。そんな彼女にとって、唯一の友達であるクリスタ(ヘンリー・ルー・リチャードソン)と一緒に過ごすことが救いだった。しかし、兄のダリアンと親友のクリスタが付き合うようになり、ネイディーンの居場所は本格的になくなってしまう。

 

◆レビュー

思春期の揺れ動く精神状態からくる苦い思い出は、誰しも思い当たる節があるはず。今になって思い出せば赤面したくなる出来事でも、当時にすれば真剣に問題と向き合っているが故の空回りだったりします。

今回レビューする『スウィート17モンスター』はそんな普遍的なテーマを、コメディーの枠組みにしっかり捉え、その先にある成長の眩さを誠実に描いています。

監督、脚本を務めたケリー・フレモン・クレイグは、今回が初監督とのこと。そんなキャリアの浅さなど感じさせないほど、自然な話運び、演出を披露していました。

または、そのフレッシュな感性が本作のテーマと結びいた結果、このような良作が生まれたのかもしれません。

 

〈ネイディーンの“痛い”キャラクター〉

主役のネイディーンを演じたヘンリー・スタインフェルドの強烈な存在感がなければ、この作品の成功は難しかったと思います。彼女の愛らしくも下品で苛立たしい所作の数々や、情緒が抑えきないばかりに変化し続ける豊かな表情は、どこか癖になるものがあります。

教師のブルーナー(ウディ・ハレルソン)の昼休憩を邪魔する無意味おしゃべり。母のオフィスで、繰り返しホッチキスで書類を止めまくる手遊びなど。彼女の幼稚な言動は尽きることなく続き、コメディーにおいて強烈な役割を果たしています。

彼女が薬を飲んで人の関心を引きたがるあたり、少し病んでいるように見えますが、これは年頃の少女特有のものでしょう。

ネイディーンの子供っぽい性質をうまく表しているのが、極彩色なファッションです。

劇中にたびたび出てくる、青を基調に白と黄のラインがはっているジャケットはその代名詞です。原色の服ばかり出てくるもので、ファッションに敏感な人は、その点に注意を払うだけでも飽きないこと請け合いです。

色と言えば、何度か登場するジェラートフローズンヨーグルトは、アメリカのティーンエイジャーが好みそうな毒々しい、いかにもな食べ物でした。服と同じく彼女の幼さの象徴としてのアイテムです。

 

〈兄妹の微妙な関係性〉

ネイディーンの幼稚性の根源は、兄との関係にあります。

幼い頃から、できる兄と比べられることで、彼女の自己評価が低くくなり、その結果、承認欲求に飢えたモンスターになってしまいました。兄ダリアンの「自分大好き人間」というキャラクターは、圧倒的自信に因るもの。ネイディーンの劣等感は、兄の強すぎる明かりの影と言えます。

危険なバランス感覚で保たれている兄妹の天秤が、友情と恋を巡って、傾き崩れてしまうのは当たり前のこと。

ネイディーンを唯一認めてくれる存在がクリスタです。親友の存在がネイディーンの不安定な心を辛うじて支えていたのに、それを唯一絶対の比較対象たるダリアンに奪われる屈辱は、想像に難くありません。

また、ネイディーン自身の恋愛対象も、兄の影響を多分に受けているのが面白い。

当初、彼女が熱を上げていたのはビジュアルが優れたニックです。つまり、わかりやすく他者から認められる性質のある、人気者の記号としての人物です。ネイディーンが求めている恋人像は、己の自信のなさを補強してくれる要素が求められます。ダリアンとの対抗意識から、自分の価値を引き上げなければ、という心理が働くためです。

オタクっぽいアーウィンを歯牙にもかけなかったのは、上記の心理の逆作用と言えます。

この兄妹に関わる問題提起は終盤に置かれる展開、ネイディーンが何を乗り越えるのかの回答に綺麗に着地しているあたり、端正な作りの作品だと感じました。

 

〈父性を求める姿〉

本作は、兄妹を巡る物語だけに留まらず、父性が根深く絡む側面も有しています。

序盤にあるネイディーンの幼少期では、彼女と母の喧嘩を見事に仲裁する父の姿が描かれます。ここから、この家庭では、父が精神的な支柱であったことが分かります。

時が流れ、現在ではその支柱を失い、家族のバランスと関係が確実に変化しています。

母のモナが恋人の歯科医に裏切られたシーン、あんなに仲違いをしていた母と娘が慰め合い、睦まじい姿をみせます。失った“父性”という名の空白を、手を取り合って補う姿なのだと感じました。

兄のダリアンは自信に満ち溢れ、父性の代打に成り得るように見えますが、まだ若く、その域まで達していません。母から頼られながらも、それに応えきれない様子も描かれます。

本作で父性を代表するのが、文字通り、教え導く職業である教師のブルーナーです。

何かにつけてネイディーンが彼を頼り、愚痴をこぼすのは、自分のわがままを受け止めてくれる器を見出したからです。諭したりいなしたりと、余裕をもって彼女の突飛な言動を処理する様は、まさしく父親の風格を漂わせています。

終盤でブルーナーが、ネイディーンを家に帰るよう突き放すシーンがあります。父性に依存してきた彼女の自立の一歩目を促しているかのようでした。

 

〈乗り越えた先の自立〉

ネイディーンが乗り越えるべき相手は、当然、張り合い続けていた兄ダリアンです。

乗り越えるとは相手を打ちのめすことではなく、互いの存在を認め合い、丁度良い距離を保つことを指します。最期に兄妹で抱き合う場面はその象徴です。

ダリアンとクリスタの交際を受け入れたこと、容姿ではなくアート的な魅力のあるアーウィンに恋をしたことから、彼女がこだわってきた兄への劣等感が消えたことが見て取れます。

ネイディーンの情緒不安定な行動は、父性への執着を捨て、兄との適切な関係を築くことで取り払われました。ラストショットで彼女の見せた朗らかな表情が、それを物語っています。

 

この作品は、ど派手な色使いの見た目からティーン向けお気楽映画かと思われるかもしれませんが、油断して鑑賞していると、その堅実な造りに不意打ちを食らわされます。

一人の少女が、成長して大人の道を歩み出すその姿は、一見の価値ありです。是非DVDなぞで手に取ってみてください。

 

◆余談

本作では、ファッションが劇中で重要な役割を担うのですが、私個人はその方面に疎い。

わかる人なら服のブランドやデザインから、映画を読み解き、記事の一本を書くことが出来るのでしょう。以前『シングストリート』のレビューを書いた際に、映画レビューするにあたり、音楽の扱いに困っていると書きました。今回も同様のケースと言えます。

多分これらに限らずですけど、一つの分野に特化した知識をもった人が書く記事って一味違います。

なにか他に趣味でもあれば、もっと多角的な視点でレビューできるのにと考えていますが、何分、映画観て、本読んで、寝て、仕事してたらあっという間に日が過ぎてしまします。

別の楽しみは、人生に余裕ができてからにとって置きます。