『17歳のカルテ』原題『Girl,Interrupted』レビュー ~彼女と世界の境界線~

◆基本情報

・2000年日本公開 

・監督 ジェームズ・マンゴールド  脚本 ジェームズ・マンゴールド、 リサ・ルーマー、 アンナ・ハミルトン・フェラン 

・出演 ウィノナ・ライダー、 アンジェリーナ・ジョリー、 ウーピー・ゴールドバーグ

 

◆あらすじ

18歳になり高校卒業を迎えたスザンナ(ウィノナ・ライダー)は、アスピリンを多量摂取して自殺未遂をした。彼女の精神的な不安定さを危惧した両親は、精神科の病院に入るよう勧める。

スザンナは病院の中で、同じように心因的な病気に苦しむ女性たちと生活をともにし、その中でも患者達のリーダー、リサ(アンジェリーナ・ジョリー)と親交を深めるようになる。

 

◆レビュー

ジェームズ・マンゴールド監督の作品はいくつか鑑賞しており、『アイデンティティ』『ナイト&デイ』なんかはお気に入りです。最近では娯楽性重視の大作が目立っていますが、それ以前はヒューマン映画を多く手掛けていました。今回レビューする『17歳のカルテ』も、その中の一本で、精神的に不安定な少女の繊細な心理を切り取った作品になっています。

なお、本作はスザンナ・ケイセンの『思春期病棟の少女たち(日本語題)』という自伝をベースにしています。

 

〈彼女らの抱えるもの〉

本作の主人公スザンナは境界線パーソナリティー障害をに苦しんでいます。ざっと調べたところ、この病気は二極化した感情に揺れ動き、社会的な関係性に支障をきたすものだそうです。また、リストカットや薬物、性行為などで自分を傷つけることも症状の一つとされています。

劇中のスザンナの行動はまさにこの症状の通りで、入院のきっかけの自殺未遂や、知人の大学教授、パーティで知り合った同級生の兄、病院の男性看護師などとの衝動的な性行為、抑鬱な感情などが描かれます。これらのシーンは沈んだ色調の絵造り、音楽の演出が痛々しく、自伝の持ち味であるリアリティを遺憾なく映画で表現できていると言えます。

また、スザンナが両親同席でカウンセリングを受けるシーンで、父は世間体ばかりを気にして、母は悲しむばかりと、彼女のことを本当は見ていないことがわかります。

スザンナが知り合ったばかりの男性とセックスを終えた後、自身の悲壮な気持ちを告白するのですが男は「そんな話やめよう」と言います。彼女の複雑な胸の内は病院の外の人間、つまりは普通の人々からは理解されていません。

劇中、スザンナは「死のうとしたんじゃない。くだらないものを終わらせようとしたんだ」と語りますが、このセリフから鬱屈とした彼女の現状が推し量れます。彼女は死にたいのではなく、今、目の前にある人生にうまく折り合いがつかないだけなのです。その言葉は、本当はこの現実、世界にどうしても溶け込み、生きていきたいという強い気持ちの裏返しだとも言えます。

この作品で大きな存在感を放つのが、アンジェリーナ・ジョリー演じるリサというキャラクターです。非常にエキセントリックな性格で、暴力的な行動をしたかと思うと、明るく看護婦や患者と談笑する姿が描かれます。彼女のもつ雰囲気は結果的には周囲を魅了しており、他者を支配する力に長けています。

患者みんなで、外出してアイスクリームを食べに行くシーン。スザンナが以前不倫してしまった大学教授の奥さんと出くわし、リサがスザンナを庇うように、奥さんを罵倒したのは印象的。また、リサが患者達を先導する形で、夜中の病院内を徘徊する場面でも、リサの持つ他人を引き付ける力が良くわかります。

物語上にうまいと思うのは、リサを単純に暴力的な陰の性質のみで描いていないことです。上記のようなシーンの積み重ねでリサの陽の部分を見せ、彼女の人物造形に奥行きを持たせています。通常の映画でもそうですが、本作の様に精神的な病気を扱った作品だと、人間の性格の矛盾や多面性に踏み込んだ描写が一層必要となります。

ともあれ、映画の中盤まではリサの善良性が垣間見えます。この印象は、我々観客の視点と主人公のスザンナが共有してもつ感覚となっているのも、後々ポイントとなっています。

他、拒食症と父親との関係に悩むデイジー、虚言癖のあるジェイミー、顔に火傷を負ったポリーなど、様々な問題を抱えた女性たちが登場します。

画面からは薄暗い雰囲気が一貫して漂ってはいる反面で、彼女のたちがどこか楽し気な表情を浮べているのは、同じような境遇にある者たちの共感があったからです。本作ではこの世界から疎外され、病院という隔絶された空間にしか居場所を見出せない女性たちの姿が描かれます。

 

〈1960年代アメリカの情勢〉

この作品の時代背景は1960年代となっており、劇中の随所にその要素がちりばめられています。

スザンナと関係を待った髭面の男が徴兵されるとの話題からはベトナム反戦運動、病院内のテレビで放送されているキング牧師の死亡ニュースからは公民権運動の気運が伺えます。

そして、序盤にスザンナの不倫相手の奥さんや、高校の教師から語られるように、女性解放運動の兆候も見て取れます。

当時のアメリカは激動の時代と言え、社会のあらゆる面で分裂し、対立していました。ベトナム戦争の長期化による財政悪化、黒人差別撤廃を巡る暴動の発生など、激しく変遷を遂げる中で何が答えか模索していた情勢であると言えます。

本作で秀逸なのは、この時代性をスザンナをはじめとした女性患者たちの抱える問題に反映させた造りになっていることです。要するに、激動する世界の中で翻弄され、答えの見えない人間の象徴をして彼女らの存在が位置付られているのです。思春期の感受性豊かな女性たちにとって、精神的な病気になるというのは、病院の外の矛盾した辛い現実から逃れるための自己防衛だといえます。

特にスザンナの抱える境界性パーソナリティー障害は、最も顕著なメタファーで、相反する感情を自身の中で処理できない苦しみは、当時のアメリカ社会が抱える分裂の構図そのものです。

また女性解放運動という女性が外の社会に進出する動向と、スザンナたちが精神病院の中から外へ解放されたいという願いも重なり合わせてあります。その点に関しては、黒人女性が優遇されない中で女優として活躍してきたウーピー・ゴールドバーグが出演していることからも本作の姿勢がよく伝わります。

時代の動きを映画に反映させる構成は名作『フォレスト・ガンプ』でも使われていましたが、本作では、特にジェンダー的視点に重きを置かれているのが特色です。

 

〈精神的な病気への視線〉

中盤まで陽的な側面が際立っていたリサでしたが、デイジーに対する罵詈雑言によって陰の顔が表面化しました。デイジーの心の内を読み、追い詰める様は異常に攻撃的。更には、デイジーが自殺したのを見ても「いずれこいつはやった」と言い放つところで、決定的に異質な存在になっています。中盤まで善良性を見せていただけに余計にショッキングです。

そのリサとスザンナとの対立がラストに設けられていますが、こここそスザンナの心の解放が象徴されている所です。

リサが何年も病院の中で過ごしてきたのは外の世界を恐れてきたため。自分と同じような崖っぷちの人間たちを支配することでしか、安らぎを得られなかったからです。劇中に描かれていた少女たちの連帯も同じように、崖っぷちだからこそのものでした。

スザンナがリサを打ち負かせたのは、自分の病気を理解するよう努め、病院という箱庭から自立する強さを獲得したから。その自立の原動力になったのは物書きになりたいという夢と、自分の中にある感情を日記に吐き出すことによる癒しです。

矛盾して嘘ばかりの外の世界に立ち向かうスザンナの姿は力強く、凛々しい。スザンナは、入院するときと退院するときタクシーに乗るのですが、それぞれの顔つきは見違えるように違います。

                                                                                     

この作品が素晴らしいのは、スザンナが病院の中の人たちと決別して終わらない所です。

スザンナが病院を旅経つとき、ジェイミーやポリー、そしてリサとも和解し、別れを告げています。この結末こそスザンナの答えそのものだといえます。

病気の彼女らを否定しないことは病気だったスザンナ自身を否定していないことになります。そこにあるのは、精神的な病気に対しての、優しい視点です。病院の内側の人たちは「異常」、病院の外の人たちは「普通」などと定義するのではなく、両者の間には本当は境界線などないのだと訴えかけているようです。そして、スザンナも二極化された自身の感情、両方ひっくるめて自分なのだと受け入れることが出来ました。それは、外の矛盾した世界と自分との境界線をも取っ払ったことを意味しているのです。

スザンナたちの再会を想像させるラストシーンでは、彼女らの幸せそうな表情目に浮かびます。そう思えるほど映画の世界に引き込まれました。

 

精神的な病気で苦しんでいる人にとって、この作品の持つ暖かいメッセージはきっと一抹の安らぎになるのではないでしょうか?是非鑑賞してみてください。

 

◆私的な話

ジェームズ・マンゴールド監督の作品かなり好きなんです。特に『アイデンティティ』は、一時期どんでん返し映画に嵌っていた頃に出会った忘れられない一作。膝を叩くような意外な落ちもさることながら、設定と雰囲気が抜群に好みです。雨の中、偶然モーテルに居合わせた男女。そして一人また一人と姿を消していくという展開。がっつりストライクゾーンに入りました。

彼の作品はいくつか観ていないものもあるので、また探してみますかね。