『ドント・ブリーズ』原題『Don't Breathe』レビュー ~倫理と金の物語~

◆基本情報
・2016年日本公開
・監督 フェデ・アルバレス ・脚本 フェデ・アルバレス、 ロド・サヤゲス
・出演 ジェーン・レビィ、 ディラン・ミネット、 ダニエル・ソヴァット、 スティーブン・ラング

◆あらすじ
盲目の老人宅に大金があることを知った若者三人は、強盗に入ることを決める。当初の計画では簡単に事が済むはずだったが、老人の抱える秘密が明かになり……。

◆レビュー
〈ホラー映画としての到達点〉
この作品に一貫してあるのは、ホラーとしての緊張感です。さほど過激な描写を入れていないのに、常に急き立てられるような張りつめた空気が伝わります。
よくホラー映画で幽霊やら殺人鬼に追いかけられた末、押し入れなどに身を隠してやり過ごすシーンがあります。あのようなシーンにハラハラとした緊張感があるのは、今にも敵対者に見つかってしまうという、薄氷を踏むかのような状況設定がなされているからです。
その点で本作は、「盲目」という設定により、敵対者が目の前にいるのにギリギリ接触しない状況を造り上げることに成功しています。それにより、本来なら刹那的なはずの緊張感を、常時保ち続けることができているのです。
他にも個別のシーンそれぞれに意匠を凝らしてあります。
マニー(ダニエル・ソヴァット)が盲目の老人を眠らせに行くシーン。老人は先程まで眠っていたのに、マニーが一瞬目線を切ると、ベットから体を起こしています。テレビでは老人の一人娘の幼い頃の映像が流れており、その声がかえって不気味に響きます。
地下室で老人がブレイカーを落としたシーンでは、今まで優位を保っていた若者二人が、老人と同じ条件に追い込まれ、緊迫感のベクトルが変わります。
ラスト20分間では、一度脱出できたロッキー(ジェーン・レビィ)が犬に襲われ、その難を逃れた矢先に再び捕まるなど、二転三転する構成力を見せます。この映画は、正味一時間半もないにも関わらず、終盤付近では「流石にもう終わってくれ」と思うほどの疲労感があります。(いい意味でです)
エンターテイメント性の追求という意味では、抜群の出来だと言えます。

〈それぞれの倫理〉
本作はキャラクターの掘り下げに伴う人物造形もしっかりしています。そこから浮かび上がるのは、彼らの抱える人生と倫理観です。
ロッキーは苛烈な家庭環境の中で妹を守るために盗みに手を染めています。
アレックスは父のセキュリティ会社の情報を利用するも、その父に迷惑をかけられないといった一面を見せます。また、1万ドル以上は盗まないといった線引きをするなど、むしろ理知的で好青年な印象すら感じます。
一番粗野なイメージのマニーですら、老人に最後まで威嚇射撃しかせず、死に際に仲間を庇う様子を見せます。
彼らには事情を抱えながらも犯罪をしてしまう人間臭さがあります。ひいては、人間としての倫理観を保ち、その一線を踏み越えない人物たちとして描かれています。
対する老人も異常性の際立つ描写はいくらでもありますが、背景に娘を失った悲しみも抱えています。
そして令嬢への報復の手段にも、ある種の筋の通し方も伺えます。そのため、老人にも理解できる部分があります。
老人と強盗三人組との戦いは、それぞれが抱える倫理観のぶつかり合いでもあるのです。

〈金の問題〉
盲目の老人があそこまでの異常者になったのは、娘を殺した令嬢への怒りだけだったのしょうか?
そもそもこの物語は、老人宅に多額の示談金があることに端を発しています。しかしよく考えれば、この設定自体に矛盾があることがわかります。
老人が令嬢を監禁し妊娠させたのは娘の代役を求めた為。理論上、それだけで老人の復讐は完成されるはずです。しかし老人が示談金を受け取ってしまえば、憎むべき相手からの施しを受け入れたことになってしまいます。
また、老人は反社会ではあれど、彼なりの筋の通し方にこだわりを持っていることは明らかです。
この矛盾を踏まえて考えれると、老人には、愛する娘を殺した相手に迎合し、金を受け取ってしまった後悔があった。つまりは、金の誘惑に屈服した自分自身への怒りが、老人の異常者へと掻き立てたのではないかと推測できます。
ラストシーン、ロッキーは選択を迫られます。
警察に通報した直後、その場に留まりあの家で行われた出来事を明らかにする道、あるいは金を持って逃走する道です。そして後者を選びました。彼女はあれだけ悲惨な出来事にあいながらも、金を得ることを選びました。
彼女が前者の道を選んでいたならば、アレックスとマニーがただの強盗として死んだのではないこと、老人がただの盲目の被害者ではないことが明らかになっていたことでしょう。
物語の結末は大きく変わっていたことになります。

結論として、本作で描かれているのは、倫理観に葛藤しながらも、金に翻弄される人間の物語です。人間の持つ強欲さが罪の始まりであるのだ、というテーマが隠されていると考えます。

娯楽性を楽しむも良し、テーマ性を紐解いても良しの本作は、多くの人におすすめしたいです。但し、色々とエグい描写も多いので、その点だけ注意をしてください。

◆私的な話
本作で盲目の老人を演じていた俳優は、スティーブン・ラングという方で、調べたらそこそこキャリアを積んでらっしゃいました。
ただ、この人を初めて見てモーガン・フリーマンだと思い込んだのは私だけではないはず……