『ドクター・ストレンジ』原題『Doctor Strange』レビュー ~別の生き方とは~

 ◆基本情報

・2016年1月日本公開 

・監督 スコット・デリクソン 脚本 スコットテリクソン、C・ロバート・カーギル

・出演 ベネディクト・カンバ―バッチ 

・配給 ディズニー

 

◆あらすじ

傲慢だが、天才的な技術をもつ外科医のストレンジ(ベネディクト・カンバ―バッチ)は、金も名誉もある生活を送っていた。しかし、ある事故により外科医の生命線とも言える両手に、致命的な怪我を負ってしまう。何度となく手術を繰り返し、両手の回復を試みるがすべて失敗に終わる。そんなとき、チベットに治療不可能の傷を治せる魔術師がいることを知る。そこで待っていたのは、現実の世界と別の次元をも巻き込む戦いだった。

 

◆レビュー

〈圧倒的な映像美〉

本作の見どころは、やはりその映像表現にでしょう。クリストファー・ノーランの『インセプション』を彷彿とさせる四次元的な空間を、これでもかと披露しています。この映像表現の真骨頂は高層ビルが立ち並ぶニューヨークのシーン。重力のベクトルが縦横前後と自由に変化し、ビル街のガラスが反射する様子と相まって幾何学的な世界観を構築しています。

こう言ったシーンの連続で、純粋に視覚で楽しめる作品なのは間違いありません。

 

〈コミカルさ〉

また、映像表現に肉付けしているのはコミカルなシーンとのバランス感覚だともいえます。作品内でミラーディメンションでは、現実世界に影響を与えないといった設定があるのですが、この設定がうまいこと機能していました。主人公たちが決死の戦いを繰り広げているのに、すぐ隣で何気ない日常を送っている人々がいて、そのギャップが妙な可笑しみを浮き上がらせています。このバランスこそが本作の基本スタンスで、マントとの絡み、ちょっとした会話のやり取りでも、シリアスになり過ぎないように調整されています。エンタメ系映画のお手本のような造りだと感じました。

 

〈その他〉

他のアクションシーンでは、ストレンジが幽体離脱しているときにAED(自動体外式除細動器)を使って敵を倒す場面などアイデアが面白かった。単に派手なCGに頼るのではなく、どんな場面で使えばよいかの選択もなかなかうまい。

映像にばかり気を取られがちですが、意外に小技も効いています。ストレンジが事故で手に怪我を負い、落ちぶれていくのを手洗いのシーンや、髭剃りと髭の伸び具合などで表しています。少しベタですが、そこに説得力があるのは、カンバ―バッチの演技と魅力によるところが大きいと感じました。

ちなみに、本作の主人公の「傲慢な天才」といったキャラクターは、カンバ―バッチの近年の出演作「シャーロック」「イミテーション・ゲーム」「スタートレック イントゥダークネス」といった作品群の中で確立してきているように思える。彼の持つ知的な雰囲気がこのような役にマッチしているのは間違いありません。

 

〈最後に〉

結局、主人公は自らの手を治すことは叶わなかった。しかし、本来の目的とは別の、魔術師として生きていく未来を選択した。それは最後、ストレンジがボロボロに傷つき震えている手に、恋人から送られた腕時計をつける場面に集約されています。

失ったものは取り戻せないが、もう一度立ち上がる人間の尊厳を描いた作品に仕上がっています。

惜しむらくは、このドラマパートをもう少し掘り下げても良かったように思えます。その点を差し引いても十分見応えのある作品でした。是非お勧めしたい。

 

◆私的な話

実は私はベネディクト・カンバ―バッチのファンです。初め、彼に対して渋めの演技派英国俳優というイメージをもっていました。最近になり、ハリウッド大作への出演が目立ってきて、妙に寂しく感じるのは私だけでしょうか?

ビックバジェット映画も良いんですけど、何というか、彼には地味だけど味のあるインディペンデント映画が似合っていうように思えます。そんな風に思うのは、知性派なイメージが先行してしまったための幻想かな。