『6歳のボクが、大人になるまで。』 原題『BOYHOOD』 ~構成美で語る、大人になるとは~

本ブログ初のレビューは、2015年のアカデミー賞作品賞にノミネートした『6歳のボクが、大人になるまで。』です。

できるだけわかりやすく独自見解を発表します。

◆基本情報

2014年日本公開

・監督 リチャード・リンクレーター ・脚本 リチャード・リンクレーター

・出演 メラー・コルトレーン、 ローレライ・リンクレーター、 パトリシア・アークレット、 イーサン・ホーク 

 

◆あらすじ

六歳のメイソン(メラー・コルトレーン)は、母のオリヴィア(パトリシア・アークレット)、姉のサマンサ(ローレライ・リンクレーター)と三人で暮らしていた。今後の生活を憂いたオリヴィアは、大学に戻るために引っ越すことを決める。その後オリヴィアは再婚し、メイソンには新しい環境の中で成長することになる。

 

◆レビュー

本作は制作過程の特異性から注目を集めました。12年に渡って同じ俳優達が同じ役を演じ、作品を完成させたという、フィクション作品としては実験的な背景をもっているからです。この制作方法の狙いは、メイソン役のメラー・コルトレーンの6歳から18歳という多感な時期の変化を記録することにあります。また、この狙いは姉のサマンサ役のローレライ・リンクレーターにも当てはまります。

この作品が素晴らしいのは、ともすれば奇をてらっただけにも思われがちな制作手法を、しっかりと機能的にコントロールしているからだと考えます。

 

〈視点と構造〉

この作品はネイソンの視点に合わせて、世界の見え方が変わっていく。

例えばネイソンの趣向に関していえば、幼少期はアニメやゲームが好きだったのが、スポーツや映画に興味を持つようになり、写真と芸術に行きつく。子供が成長する上での普遍的な興味の移りかわりをさりげなく見せています。

他にも、母が一回目の再婚をする直前と二回目の再婚をする直前に、それぞれの再婚相手と母が談笑している場面をネイソンは目撃しています。一回目のときはまだ幼かったので、不思議そうな目で眺めていただけだったが、二回目のときは怪訝な表情をわずかに出していた。成長に伴って男女のの機微を感じ取れるようになったからです。

つまりは、ネイソンの成長に合わせて人生を追体験できる構造になっているのです。しかも、6歳からネイソンの人生を見てきため、彼の人格形成の過程も手に取るようにわかる。観客は非常に感情移入しやすくなっています。

では、なぜネイソンの成長にこれだけのリアリティがあるかというと、12年間の撮影の間に、主演のメラー・コルトレーン自身が成長してきたからに他なりません。

こここそが本作の骨子だと言えます。撮影手法を最大限生かし、映画の中に還元させる手腕は非常に革新的です。そして、この斬新なアイディアを成立させたのは、12年間撮影を続けてきた制作陣の根気とメラー・コルトレーンローレライ・リンクレーター両子役の役者としての成長があってこそです。

 

〈時間切り替えのポイント〉

12年間の追体験と言っても、当然そのすべてを描いているわけではなく、ネイソンの人生で重要なセクションが描かれています。引っ越し、母親の再婚と離婚、家庭内暴力、自分の夢、恋など人生のターニングポイントをうまく切り取っているのですが、面白いのは時間が切り替わる際のなめらかさです。編集で場面が切り替わった次の瞬間、突然ネイソンが数年分成長して様変わりしています。この唐突な編集があることで、いつネルソンが成長してしまうのかという緊張感を保ち、観客を飽きさせないようにしています。ただし、全く法則性がなく時間が飛んでいるわけではありません。

ポイントは、時間が飛ぶ直前に、次のセクションで起こる出来事を予期させる描写を入れていることです。

例えば、ネイソンが一回目の再婚相手メルブロックとゴルフをしているシーン。パターがうまく決まらなかったメルブロックは、軽く芝を蹴飛ばし、お酒を買いにいきます。ここでメルブロックの暴力性を予期させているのです。すると瞬間、次のセクションへ時間が飛びます。このセクションではメルブロックが徐々に強権的になる様子が描かれ、ネイソン

も少し暗い印象になっていきます。

別の例を挙げれば、ネイソンが山中でカメラを取っていたシーンの直後に時間が飛び、高校でプロのカメラマンを目指すセクションに移ります。

この編集のを入れることで、唐突な切り替えでも物語の連続性を維持できます。ひいては、人生とはどこまでも過去と地続きであるというメッセージなのかもしれません。

 

〈ネイソンの髪について〉

劇中ネルソンの髪が長くなったり短くなったりと変化します。この点に関しては主に二つの意味が込められていると考えます。

一つ目の意味は、上記の時間の切り替えの役割です。ネルソンが成長するは外見で良くわかるのですが、最もわかりやすい外見は髪だというわけです。つまり、ネルソンの髪が変わったことでセクションが変わったことを伝えることができます。

ちなみに、髪の変化で時系列を表すという手法は恋愛映画の傑作『エターナル・サンシャイン』で活用されていました。

二つ目の意味は、親の支配の指標です。

ネルソンがメルブリックに無理やり坊主にされるシーンがあります。ここからわかるように、どうしても子供の頃は髪を切る切らないは、親の影響が出てきます。親からの干渉が強いときは短く、干渉が弱いときは長くなっています。

 

〈周囲の人生〉

人生の追体験が描かれているのは、主役のネルソンだけではありません。

サマンサも子供時代から大学生になるまでの過程を書いており、幼少期は騒がしいお転婆な女の子だったのが、自我の確立で徐々に一人の女性として成長します。

オリヴィアは当初生活に追われて自信のない様子でした。しかし、大学を出て教師になったこと、二度の再婚をことなどを経て確実に変化しています。一度目の再婚相手に暴力を振るわれたときはされるがままだったのが、二度目の再婚相手が暴力の影をちらつかせていた時は同等以上の立場で対抗できるようになっています。オリヴィアの口調が少しずつ強くなっていくのもよくわかります。

実の父は、当初職を転々としながらミュージシャンになることを夢見ていました。そこから生活の安定と反比例させて音楽を趣味にとどめていくことで、現実に向き合っていたのでしょう。

他にも父の友人のジニーがミュージシャンになっていたり、オリヴィアの家に来た配管工事の青年が大学を卒業していたりなどがあります。

メイソンだけではなく様々な他の人生も提示することで、感情移入する間口を広くしています。

 

〈ラストシーン〉

最後のセクションでネルソンが大学に入り、同級生とハイキングに行く場面。ニコールという同級生が、6歳~8歳の子供にダンスを教えていることを話すと、ネイソンは「思春期にはなってないもんな」と返します。ネルソンが子供の頃を大人になった視点から評価することで、彼の少年期(BOYHOOD)が終わったという感慨が生まれるのです。

また劇中の幕切れが少し尻切れトンボのような印象になっているのですが、そこにも意味があると考えられます。彼の人生はまだ途中だからです。タイトルにあるように、あくまでも少年期が終わっただけであり、ここから長い人生が続いていくんだというとを示唆しています。

 

よく映画というのは、誰かの経験を共有できるものだと言われます。そういった意味では、この作品は究極の「経験」を作り上げているといえるでしょう。彼らの物語が普遍的だからこそ、観客は作品世界にのめり込んでいくのです。

この素晴らしい「人生」を作り上げてた制作陣のたぐいまれなる努力と才能に敬意を表します。

 

◆私的な話

このような調子で気ままにレビューを公開していきます。

ご意見ご感想をお待ちしております。

 

映画レビューブログです。

この度映画レビューを始めたした。
中学時代から映画にハマり、結構な数の作品を観てきました。そこで鑑賞しての感想や批評を誰かに発信したいと思い、本ブログを始めました。
比較的新しい作品を中心に記事を書きたいと思っています。また、なるべく分析的に作品を観ていき、独自の視点で解説をできたらと思います。
好きなジャンルはドラマ、SF、ミステリーなどです。
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